幻の味 ~Beer編~

こんにちは。カウンセラーの鶴田です。

昔々、年号が昭和から平成に変わってちょっと経った頃のゴールデンウィークに、
就職2年目の同期、男ばかり4人で、温泉旅行をしました。

北の県境近くの山の中にあって、電気も通っていない、ランプの宿でした。

車で宿の近くまで行ってから、更にしばらく山道を歩いた先の川沿いに、その宿はありました。
非日常感、というか、秘境感が半端なかったのをおぼえています。

さて、温泉と言えばビールですが(え?違う?)、電気が来ていないその宿では、
近くの渓流でビールを冷やして提供していました。ビール党にはなかなか乙なもてなしですよね。

その宿ではケレンビール(仮名)を提供していたのですが、実は父がケレンビール(仮名)党でした。
幼いころから、父が晩酌をする傍らで、壜ビールの王冠の裏側に貼ってあったコルクの匂いを嗅いだりして
育ったせいか、僕自身もケレンビール(仮名)党でした。

そんなケレンビール(仮名)ですが、年号が変わって平成になった後に、ちょっとした事件がありました。
ケレンビール(仮名)がケレンラガービール(仮名)に名前を変えてしまったのです。
それだけならまだしも、僕個人は、ラベルだけでなく味まで変わったように感じていました。

ところがまわりの酒飲みたちにそれを主張しても、名称の変わったことにすら、気づいていない風でした。
まあ、たいして関心がなかったのかもしれません。

さておき、若かりし僕たちは、川のせせらぎの聞こえる、というか河原にお湯を引いた露天風呂に浸かったあと、
お楽しみのビールタイムとなりました。

川の水でいい感じに冷えたビールを、一気に飲み干して、お約束の「プハー!」をやった僕は、はたと気づきました。

味が、かつてのケレンビール(仮名)なのです。

これ!これだよこの味!
と、思わず、一緒にいた友人たちにまくしたてました。

彼らにしてみれば、何を言っているのかちょっとわからなかったと思いますが、
“名称変更のどさくさで味も変わった説”を、一通り説明し、熱く語った、気がします。酔ってたし。

そんなこんなで、慣れ親しんだ味のするビールを大いにがぶ飲みしたわけですが、
薄暗いランプの灯りでラベルをよく見たときに、ようやくこの味の真相に気付きました。

そう、このビールの製造年月日は、ちょっと古かったのです。
それは、かの名称変更事件よりも、ちょっと前くらいの日付でした。

やっぱり味を変えていたのだ、ということを確信した僕は、またとない機会だと思い、
宿の在庫を飲みつくした、ような気がします。憶えていませんが。

今思うに、当時ビール業界はドライ戦争の真っただ中でした。
ラガーであるとか明記することで、自社商品のポジションも明確にしていく必要があったのでしょう。
とはいえ、名称変更のついでに老舗の味をしれっと変えられては、たまったもんではありませんよ。ぷんすか。

そんなわけで、今は他のメーカーに鞍替えして、アッパレラガービール(仮名)のヘヴィユーザーになったのですが、
たまには昭和のケレンビール(仮名)のことも思い出します。
まあ、僕は本当はビールが好きなわけじゃなくて、遠い夏の日に、父の飲んでいたビールの
王冠のコルクに染み付いた匂いを探しているだけかもしれないのですが。

んでわ。