森会長の女性蔑視発言に思うこと

カウンセラーの北野です。

オリンピック組織委員会の森会長の発言が、女性蔑視だとして連日メディアを騒がせていますね。

女性蔑視、女性差別というテーマについては、思い出す出来事はエベレストほど高く積もっているし、感情的にならずに語れる自信も無いのだけど、言葉が溢れてきたので、書くことにしました。

色んなことが頭に浮かびますが、まずは、長い間持っている価値観を変えるのは並大抵ではないのかなということ。

森会長の年齢からして、女性を下に見ることで男性の優位性を確認してきた世代で、同じ価値観の人達だらけだったのでしょうから、ある意味仕方がないところはあるのかなと思います。
あまり報道されていないけど、「組織委員会の女性理事たちは場をわきまえていて会議を長引かせることは無い」といったフォローともとれる発言も、してはいます。
もちろん、この発言の中にも、「蔑視」要素は含まれているので、擁護できるわけではないのですが・・・

この件があって、真っ先に思い出したことがあります。

ある大手金融機関から定年後、私の勤め先に顧問としていらした男性が、懇親会の席でしたが、
「いや~、この会社に来てビックリしたよー。女性がすごいね。」
と私に話しかけてきました。
「だって胸を張って廊下の真ん中を歩いているんだから。銀行じゃ、女の子は端っこ歩くんだよ。」
と言うのです。

そんなに遠くない昔の出来事です。

私は頭が真っ白になり、気の利いたことも何も言えなかったように記憶しています。
彼の意図としては、彼は私を少し持ち上げたかったために、女性も活躍してるんだね、と言いたかったのだと思います。
ですが、話し方、表情から私が受け取ったメッセージは「女をそんな風に歩かせて、一体どういう会社なんだ」というものでした。
ずっと、女性は補助的な仕事だけで、お嫁さん候補と見てきた会社は、山ほどありますから、彼を責める気は毛頭ありません。
育ってきた環境は大きい・・・ということを痛感するのみでしょうか。

また、今回の森会長の発言に関して、「思うことはしょうがない。でもそれを公の場で発言することがトップとして問題だ」という論調も目にします。

でも、私はちょっとそれには異論を唱えたいです。

思っていることは、言葉だけでなく、非言語メッセージでも現れます。
それに、いつかは「失言」という形で言語にも出てくるでしょう。
政治家って失言だらけですよね(笑)

 

人間にとって偏見は捨てきれないものだとは私も思います。
ですから思ったり感じたりすることは否定できません。
ですが、自分にそういった偏見があることを自覚し、なるべく偏見を捨てようと努力をしている人。
そして、人を「枠」でとらえるのではなく、一人の人間として敬い尊重している人。
そういう人に私は上に立って欲しいなと思いますし、そういう人が選ばれる組織や国であって欲しいと思いました。

ちょっと今回はあんまり楽しい話じゃないので、せめて我が家の黒猫写真を見てホッとしてもらえたら、嬉しいです。